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告別式

大船にある斎場で、11:00より告別式。
Sを8:22の湘南新宿ラインにて向かう。
遠いので、グリーン車で出かけました。
10:05に大船に着き、一緒に行く仲間が4人。
全員既に着いていた。
そこからタクシーに乗り斎場へ。

3年前、幼稚園時代からの幼馴染が亡くなって、お通夜に出かけた時近代葬儀に触れた。
今回も近代葬儀に近いものがあった。
入り口に日高の写真があって、日高からのメッセージの様な言葉が書かれていた。
「私はとっても幸せでした…」みたいなの。
幼馴染の時もそうだったんだけど、黙って大人しくしてたが、テンションが上がってしまった。
なんか、信じられなくて逆らいたくなる心境。
色紙があって、その色紙に日高へのメッセージを書いて下さいってのも…
本当は飛びついて書きたかったんだけど、躊躇したあげく、みんなは日高の名前宛てでメッセージを書いていたんだけど、20年ぶりに会ったるみと2人で、「日高先生」って書いちゃってしかも自分の名前も旧姓にしちゃった。
その色紙は、棺に入れるって言うから。
わからないとやだから、旧姓で書いた。

葬儀が始まって、全然平気だったのに日高の年老いたお母さんがお焼香した時、ジーンと来てしまった…
「日高ったら、親よりも先に死ぬなんてっ!!!」
綺麗なおばあちゃんだった。
日高も顔立ちは美人だったもんなぁ…ダサかったけど。

一般のお焼香が始まり3人ずつで、あたし、るみ、オノブで並んでお焼香した時のこと。
右の遺族、左の親族に挨拶をして、真ん中の日高に挨拶をした時…一斉に大泣きをしてしまった。
着席して、おいおい泣いている我々はかなり見られてしまった。
高校時代に教わった、他の先生も数人いらしていて、声をかけたら「来てくれていたんだ」ととっても意外な顔をされた。
ま…日高はあんな人だったし、あたしたちも決して良い生徒じゃなかったし。
政経の高木先生が居た…
ちっとも変化がなかった。
悲しみながらも、ウチラは「高木って…あたしたちが居た頃幾つだったんだろうねぇ?」ってコソコソ話した。

最後のお別れ。
凄いやだったんだけど、会う事にした。
綺麗な顔をしていて、安心しました。
以前ガンで亡くなった人のお別れをした時、卒倒しそうになるくらい変わっていたので…
でも、日高は全然変わっていなかった。

出棺まで見送り、全て終った後全員がテンションあがっていた。
誰も暗い話はしなくなった。
横浜まで出て、ランチをする事にした。
この大船から横浜まで、2駅だったのにとっても奥の深い話しが出来たほど、葬儀の事は誰も引きずらなかった。
ランチ中も一切…
今日は、みんなガンガン泣いたのに切り替えの早い事(笑)
でも、いつまでもメソメソしていないで、昔話に花を咲かせて大笑いしていたあたしたちは凄い楽しかったし、良い友達だなって思った。
日高が20年ぶりに再会させてくれたんだ。
何があっても、あたしたちの先生なんだなぁ。
写真の日高は本当に素敵な笑顔でした。
本当にありがとうございました。
ゆっくりお休み下さい。
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